出雲大社はなぜ「杵築大社」と呼ばれていた?改名の理由を解説

田部拓郎

この記事の著者:田部 拓郎(たなべ たくろう)

歴史考証家 / 神道史研究員

明治維新期の宗教政策や出雲神話の変遷を専門とするリサーチャー。公文書館に眠る一次資料を読み解き、教科書には載らない「歴史の空白」を埋める論考を多数発表。歴史愛好家へ、史実と論理に基づいた「大人の歴史ミステリー」を届けます。

「出雲大社は、昔“杵築大社”と呼ばれていたって本当?」
「なぜ名前が変わったの?」

出雲大社の歴史を調べていると、杵築大社(きづきたいしゃ)という名前に出会うことがあります。

現在は「出雲大社」として全国的に知られていますが、明治時代以前には、長く「杵築大社」と呼ばれていました。

この記事では、初心者の方にもわかりやすく、

  • 杵築大社という名前の由来
  • いつ出雲大社に改名されたのか
  • なぜ名称が変わったのか
  • 「いずもたいしゃ」と「いずもおおやしろ」の読み方
  • 旧名を知ると参拝がどう深まるのか

を、やさしく解説します。

まず結論|出雲大社は明治時代まで「杵築大社」と呼ばれていた

  • 出雲大社は、明治4年(1871年)以前まで「杵築大社」と呼ばれていた
  • 「杵築」は、現在の出雲市大社町周辺の地名に由来する
  • 『出雲国風土記』にも、杵築という地名の由来が伝えられている
  • 明治時代の近代社格制度の中で「出雲大社」という名称が正式化された

つまり「杵築大社」は、単なる昔の呼び名ではなく、出雲大社がその土地と神話に深く根ざしていたことを示す大切な名前なのです。

杵築大社の「杵築」とは何?

「杵築(きづき)」は、出雲大社が鎮座する地域の古い地名です。

出雲大社の旧名「杵築大社」は、神社の所在地である島根県出雲市の杵築(きづき)の地名に由来します。

現在でも、出雲大社の所在地は島根県出雲市大社町杵築東です。

地名として「杵築」の名は、今もきちんと残っています。

つまり、出雲大社という全国的な名前の奥には、地元に根ざした「杵築」という名前の記憶が息づいているのです。

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『出雲国風土記』に伝わる杵築の由来

杵築という名前には、地名としての意味だけでなく、神話的な由来もあります。

『出雲国風土記』には、大国主大神のために八百万の神々が集い、宮を寸付(きづ)いたことから「杵築(きづき)」と呼ばれるようになったと記録されています。

この伝承から見ると、杵築大社という名前には、

  • 神々が集まる場所
  • 大国主大神のために宮を築いた場所
  • 出雲信仰の中心地

という意味が重なっていることがわかります。

「杵築大社」という名前は、まさに出雲神話そのものを感じさせる呼び名だったのです。

八百万の神々が集まる出雲の世界をもっと知りたい方は、神在祭の記事もおすすめです。

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いつ「出雲大社」に改名されたの?

杵築大社が現在の「出雲大社」という名称になったのは、明治4年(1871年)です。

この時期、日本では明治政府によって神社制度の整備が進められていました。

その流れの中で、全国の神社の位置づけや名称も整理されていきます。

明治4年(1871年)5月14日、明治政府は「太政官達(だじょうかんたし)」を発令しました。

これにより、全国の神社の格付けを行う「近代社格制度」が導入されます。

この際、明治4年改名によって「杵築大社」は正式に「出雲大社」へと名称変更されました。

なぜ「杵築大社」から「出雲大社」に変わったの?

理由をわかりやすく整理すると、主に次の2つです。

  • 古事記・日本書紀などに見える「出雲」の名を重視したため
  • 明治政府が全国の神社制度を整理する中で、名称を統一・明確化したため

政府側の理由として「古事記や日本書紀の記述に復す」というものでした。

記紀神話において、この社は「出雲大社」や「天日隅宮(あめのひすみのみや)」と記されています。

つまり、地域名である「杵築」よりも、神話や国名として広く知られる「出雲」を神社名に用いることで、全国的な位置づけを明確にしたと考えるとわかりやすいです。

ただし、杵築という名前が消えたわけではありません。

地名として今も残り、出雲大社の歴史を知るうえで大切な手がかりになっています。

「杵築大社」と「出雲大社」は同じ神社?

はい、同じ神社です。

「杵築大社」は、現在の出雲大社の旧称です。

そのため、歴史資料や古い地図、古文書などに「杵築大社」と書かれていた場合、それは現在の出雲大社を指していると考えてよいでしょう。

歴史を調べるときには、

  • 現在名:出雲大社
  • 旧名:杵築大社
  • 所在地:大社町杵築東

と整理しておくと、混乱しにくくなります。

出雲大社には他にも呼び名がある?

出雲大社には、時代や文献によってさまざまな呼び名があります。

呼び名 意味・特徴
杵築大社(きづきたいしゃ) 明治以前の旧称。地名「杵築」に由来
出雲大社(いずもたいしゃ) 現在の名称
出雲大社(いずものおおやしろ) 正式な読み方として知られる
大社(おおやしろ) 古くから出雲大社を指す呼び方として親しまれた
天日隅宮(あめのひすみのみや) 神話に関わる呼び名として知られる

名前の違いを知ると、出雲大社が長い歴史の中で、さまざまな形で大切にされてきたことが見えてきます。

「いずもたいしゃ」と「いずもおおやしろ」はどちらが正しい?

一般的には「いずもたいしゃ」と読む方が多いですが、出雲大社の正式な読み方としては「いずもおおやしろ」が知られています。

ただし、観光案内や日常会話では「いずもたいしゃ」も広く使われています。

初心者の方は、

  • 正式には「いずもおおやしろ」
  • 一般的には「いずもたいしゃ」でも通じる

と覚えておくと安心です。

杵築の地名は今も残っている

「杵築大社」という名前は使われなくなりましたが、「杵築」という地名は今も残っています。

出雲大社周辺には、

  • 大社町杵築東
  • 大社町杵築西
  • 大社町杵築南
  • 大社町杵築北

といった地名があります。

出雲大社を訪れたとき、住所や案内板に「杵築」の文字を見つけたら、それは旧称「杵築大社」の記憶につながる大切な名残です。

旧名を知ると、出雲大社参拝がもっと深くなる

出雲大社は、ただ有名な縁結びの神社というだけではありません。

「杵築大社」という旧名を知ることで、

  • 土地と神社の深いつながり
  • 出雲神話に根ざした歴史
  • 明治時代の制度改革による名称変更
  • 現在の地名に残る古い記憶

が見えてきます。

次に出雲大社を参拝するときは、「ここはかつて杵築大社と呼ばれていた場所なんだ」と思いながら歩いてみてください。
境内の景色が、少し違って見えてくるはずです。

歴史を知ったうえで参拝すると、出雲大社の見え方が変わります。順路もあわせて確認しておきましょう。

👉 出雲大社の参拝完全ガイドはこちら

出雲大社と伊勢神宮を比べるとどう違う?

出雲大社の旧名や歴史を知ると、よく比較される伊勢神宮との違いも気になるかもしれません。

伊勢神宮は天照大御神を祀る神社で、皇室との関わりが深い存在です。
一方、出雲大社は大国主大神を祀り、国譲り神話や神在月信仰と深く関わります。

どちらが上か下かではなく、それぞれに異なる役割と歴史があります。

👉 出雲大社と伊勢神宮の違いを詳しく見る

よくある質問

出雲大社は昔、何と呼ばれていましたか?

明治4年以前は、主に杵築大社と呼ばれていました。

杵築大社とは今のどこの神社ですか?

現在の出雲大社です。杵築大社は出雲大社の旧称です。

なぜ杵築大社から出雲大社に変わったのですか?

明治時代の神社制度の整備の中で、古事記・日本書紀などに見える「出雲」の名を重視し、現在の名称に改められたと考えられています。

杵築という地名は今もありますか?

はい。出雲大社周辺には、大社町杵築東・杵築西・杵築南・杵築北などの地名が残っています。

出雲大社の正式な読み方は?

正式な読み方としては「いずもおおやしろ」が知られています。ただし、一般には「いずもたいしゃ」も広く使われています。

まとめ|杵築大社という旧名を知ると、出雲大社の歴史がもっと深くなる

出雲大社は、明治4年以前まで「杵築大社」と呼ばれていました。

  • 杵築は、出雲大社周辺の古い地名に由来する
  • 『出雲国風土記』にも、杵築の由来が伝えられている
  • 明治時代の神社制度の中で「出雲大社」という名称になった
  • 現在も地名として「杵築」は残っている
  • 正式な読み方としては「いずもおおやしろ」が知られている

「杵築大社」という旧名は、出雲大社が土地と神話に深く根ざした場所であることを教えてくれます。

次に出雲大社を訪れるときは、旧名にも思いを向けながら参拝してみてください。

きっと、いつもの参拝よりも少し深く、出雲の歴史を感じられるはずです。


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